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2016年マドゥーロ大統領の10の勝利の写真

2017/01/12

2016年マドゥーロ大統領の10の勝利

イグナシオ・ラモネ(ジャーナリスト)
2016年初め、首都カラカスの当局には何もかも難しい状況のように見えた。主に3つの理由があった。1)新自由主義の野党勢力が2015年12月の...

2016年マドゥーロ大統領の10の勝利

イグナシオ・ラモネ(ジャーナリスト)

2016年初め、首都カラカスの当局には何もかも難しい状況のように見えた。主に3つの理由があった。1)新自由主義の野党勢力が2015年12月の国会議員選挙に勝ち、国会をコントロールしていた。2)ベネズエラの主要な資源である石油の価格がここ数十年間で最低水準にまで落ち込んでいた。3)米国のバラク・オバマ大統領が、ベネズエラを「米国の国家安全保障及び外交政策にとって非常かつ並外れた脅威」であると宣言する大統領令に署名していた。

つまり、政治、経済、地政学という三つの決定的な分野において、ボリバル主義革命が守勢に立たされているように見えたのだ。国内外の革命に反する勢力が、ついに、ベネズエラの権力を手中に収めようとしていた。

こういったことは全て長期に及ぶメディア戦争の文脈に位置づけられる。1999年のウゴ・チャベスの大統領就任によりベネズエラ当局に対して行われ始めたメディア戦争は、2013年4月のニコラス・マドゥーロ大統領の就任以降より一層激しくなり、その暴力性は前代未聞の水準に達している。

攻撃的かつ長期的なメディア・ハラスメントの風潮により、ボリバル主義革命の味方をする多数の人々さえをも混乱させるような、ベネズエラに関する悪意に満ちた誤情報が蔓延している。その理由はとりわけ、「ポスト真実」の現代においては、嘘・知能的詐欺・厚かましい騙しを働いたとしても、信用の点でもイメージの点でも、何らマイナスの結果を被ることがないからだ。この「ポスト真実の相対主義の時代」では、何でもありで、何だってOKなのだ。最も客観的な事実やデータですら考慮されていない。また、こういった主張も受け入れられていない―ベネズエラの場合はこんなにも自明な―陰謀・謀略・密計の主張である。主要メディアの最近の論調は、この「想定的陰謀説」を非難し、嘲笑し、突拍子もない「古い物語」の信用ならない主張であるとしている。

このように、2016年初頭、ベネズエラの大統領にとって全てが逆境のように見えた。新自由主義者の難ある野党派、ヘンリー・ラモス・アジュップが、野党が国会で過半数を占めていることにそれなりに気を良くし、2016年1月の国会議長としての最初の演説で「6ヶ月を越えない間に」ニコラス・マドゥーロを政権から追い落とすと断言したほどである。これは間違いなく、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領に対する制度を利用したクーデターから着想を得た発言で、この先実施され得る大統領罷免国民投票での勝利を信じていたのだ。

このような状況だったとき、マドゥーロ大統領は誰にも思いもよらない名人的なチェスの駒使いで―そして完璧に憲法に則って―皆を驚かせた。憲法解釈において最終決定を下す憲法解釈部を持ち司法権の最高機関である最高裁判所(TSJ)裁判官を、大統領の権限として認められているように、再選したのである。

野党は驕るあまり、その頃2つの大きな過ちを犯した。

1.2015年の国会議員選挙で不正があったとしてアマソナス州での選挙が予防的停止状態にあったにもかかわらず、最高裁判所の警告を無視して同州選出の議員3名を出席させて国会を開催することを決定した。この法廷侮辱行為に対して、最高裁判所は「規則に則って選出されていない」3名の議員の参画は国会の決定の有効性を全て失わせる、と明確に見解を述べた。実際、最高裁判所は国会に対して不敬(不服従)の状態にあると宣言し、「その決定は全て無効と考えられるであろう」と判決した。こうして国会は自らの過ちにより、法律の制定や政府のコントロールを成し得なかったばかりか、権威ある憲法学者らも指摘するように自らを無力化し、権限を空費し、自壊した。これがニコラス・マドゥーロの2016年における最初の大勝利である。

2.大統領失脚に固執するあまり、反チャベス派である野党は2016年中に罷免投票を実現すべく、必要不可欠なステップや規定された手続きの面で、法令の要件(憲法72条)を無視することに決めた。こうして野党は、また派手に躓いた。
ここにニコラス・マドゥーロの二つ目の大勝利がある。

とは言え、2016年3月から4月頃、あらゆる物事が困難になる時が到来する。ボリバル主義革命に敵対する勢力による常日頃の攻撃に加えて、1950年以降2番目の規模の大干ばつとエル・ニーニョ現象による酷暑が襲ってきたのである。ベネズエラでは水力発電が全エネルギーの70%を占め、最大の水力発電所はグリダムに頼っている。雨量が少なくなるにつれ、ダムの水位は最低水準にまで下がっていった。

反革命勢力はこの状況を利用して電力ストライキを拡大しようとするとともに、エネルギーを巡る混乱を誘発して社会の怒りと抗議を引き起こそうとした。リスクは最大限に達していた。なぜなら長期的な干ばつによる電力不足に、飲料水不足が重なっていたからである。

しかしマドゥーロ大統領は再び迅速に行動し、劇的な対策を採った。数百万もの白熱電球を省エネ型の電球に取り替えることを決定し、古いエアコンを新しい省エネ技術を採り入れたものと置き換えるよう命じた。行政機関では勤務時間を半分に設定し、そして電気・水の全国的消費減のための特別計画を発令した。

これら大胆な対策により大統領はエネルギーの崩壊を回避することに成功、こうして2016年における大勝利のうち、最も支持されたものの一つを達成した。

政府が対応を迫られていたもう一つの、そして恐らく最も重大な課題―その一部は、ボリバル主義革命に対する経済戦争の結果であるが―が、食糧供給の問題である。振り返っておかねばならないのは、1999年までは、ベネズエラ国民の65%が貧困状態にあり、35%のみが高い生活の質を享受することができた。つまり、ベネズエラ人10人いれば3人のみが定期的に肉、鶏肉、コーヒー、とうもろこし、牛乳、砂糖などを消費していたのである。一方、この17年間で食糧の消費は(革命による大規模な社会投資のおかげで)80%跳ね上がった。

一般的に考えられているよりもずっと重要である食糧の国内生産が、なぜ突然不十分になったのか、上述の構造変化そのものがその理由を説明している。

需要が大きく増えたために、食品への投機も急増したのである。そして構造的に供給が制限された状況の中、価格は目がくらむほどに上昇した。こうして「バチャケオ」と呼ばれる闇市場が広がった。多くの人々が、政府の補助を受けた商品を市場価格より安く買いつけ、市場でより高い価格で売りさばいていた。または近隣国(コロンビア、ブラジル)に大量に「輸出」し、近隣国では補助価格の2倍3倍で転売されていた。このようにベネズエラは、原油価格の下落でどんどん不足する自らの外貨を「大量出血」し、最も貧しい人から生活必需品を奪い取って丸々と肥る「吸血鬼」を養っていた。このような不道徳を続かせる訳にはいかなかった。

今度もまた、マドゥーロ大統領は決然と行動することを決めた。まず、―非常に重要なことだが―社会的援助の考え方を変え、何年も前からベネズエラに蔓延していた大きな過ちを修正した。国は、製品に補助金を出す代わりに、人に補助を行うべきと決めたのである。貧窮する人、本当に必要とする人のみが、政府によって助成された品物を入手できるようにする。それ以外の人には、市場で決定された適正価格で販売される品を購入できるようにする。これで投機と「バチャケオ」が回避される。

二つ目の決定的な対策として、大統領は、政府がそれ以降全力を注いで国の経済特性を「保有資産に拠るモデル」から「生産するモデル」に変えていくと発表した。これに関して大統領は、民間部門だけでなく公共部門やコミューン経済においても経済活動が再活性化されるよう、「15の推進分野」を設定した。

これら二つの重要な決定が、マドゥーロ大統領の構想による独創的な政策に結実していった。この政策はCLAP(Comités Locales de Abastecimiento y Producción:供給及び生産の地域委員会)というもので、国民による組織の新しい形態である。組織されたコミュニティーの代表者は、家庭から家庭へ、食品を詰めたバッグを統制価格で手渡す。詰められた食品の多くは、新たに国内で生産されたものである。CLAPは2017年の数ヶ月間で400万世帯の貧困家庭に食品を供給することになっている。国民の食を保証し、マドゥーロ大統領の新しい大勝利が達成される。

これほどまでに困難な2016年におけるもう一つの勝利として、国家予算の71.4%に達した社会投資がある。この数字は世界記録である。地球上の他のどの国も、その予算の4分の3近くを社会投資に充ててはいない。

例えば健康分野では、病院関連施設の数は1999年以降3.5倍に増加した。また、新しい人間の公衆衛生モデルへの投資は10倍になった。

都市部の最も貧しいエリアで診療を行うことを目的とした、ミシオン・バリオ・アデントロ(「居住区に入ろう」計画/無料診療プログラム)では、これまで8億回近くの診療を行い、140万人の命を救った。医科大学では2万7千人の医師を育成した。2017年にはさらに3万人が学位を得る見込みである。2016年にミシオン・バリオ・アデントロのカバー率100%を達成した州は、目標が6州であったところ、8州に上った。

もう一つの重要な社会的勝利は、主要メディアが報じないことであるが、退職年金を受け取る高齢者に関するものである。革命の前には、退職者のわずか19%のみが年金を受け取り、残りは貧窮するか家族の世話になって暮らしていた。ところが2016年には年金を受け取る退職者の割合(現役時代に社会保険の支払いを出来なかった人も含め)は90%に達した。南米一の記録である。

もう一つの目を見張るべき勝利は―これも主要メディアは報じないが―貧しいベネズエラ家庭に向けて社会住宅を統制価格で建設することを任務としたミシオン・ビビエンダ(住宅建設計画)の成果である。

このプロジェクトは2016年、35万9千もの住宅を供給した(比較のために記載すると、フランスのような先進国でも2015年に10万9千の社会住宅しか建設していない)。この数字に、美しいミシオン・バリオ・ヌエボ・バリオ・トリコロール(「新しい居住区、三色の居住区」計画)によりリフォームされた33万5千の住宅を加えなければならない。これは、ビルバオのグッゲンハイム美術館やパリのルイ・ヴィトン美術館を手がけた建築界の天才、フランク・ゲーリーが殊更に賞賛し、携わりたいと言ったプログラムである。こうして、2016年には合わせて70万近くの社会住宅を引き渡したという話である。世界でも類を見ない数である。

2013年の就任以来、マドゥーロ大統領は貧困家庭に既に150万の住宅を供給していた。ボリバル主義革命に敵対するあらゆるメディアが黙殺する世界的な記録であり、革命の支持者の多くまでもが、時に言及を省略する記録である。

最後に、地政学面で達成された輝かしい勝利のいくつかを振り返っておこう。例えば、米当局に支配された米州機構(OAS)が、ルイス・アルマグロOAS事務局長が意図したように、ベネズエラに対して米州民主主義憲章を適用して非難しようとするのを阻止した。

また、非同盟諸国運動(NAM)の第17回首脳会議の成功がある。マルガリータ島(訳注:ベネズエラの島)のウゴ・チャベスコンベンションセンターで2016年9月に開催され、多数の国家元首や政府の長、120カ国の代表者が参加してベネズエラへの連帯をもたらした。

結局、この観点から幾度もの外遊を行ったマドゥーロ大統領の地政学面での主要な勝利は、石油輸出量の減に向けたOPEC加盟国・非加盟国間での合意という前代未聞の成果である。

2016年11月に署名されたこの歴史的合意は、2014年半ばに1バレル100ドルを超えていたもののそれ以降急落していた石油価格の下落を、すぐさま食い止めた。

この重要な勝利のおかげで、1月に24ドルだった石油価格は2016年12月の終わりには45ドルを超えた。

この最も厳しく長い一年、マドゥーロ大統領がつまづくことを信じる人がこれほど多くいたが、大統領は全ての障害、全ての罠、全ての困難を回避して並外れた能力を証明した。国家の指導者たる力、ボリバル主義革命の不滅のリーダーとしての力である。

イグナシオ・ラモネ

原文はこちら

teleSURスペイン語版掲載ページはこちら

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