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難民のためのエル・システマ ヨーテボリでの写真

2016/12/07

難民のためのエル・システマ ヨーテボリで

文:松村真澄(ピースボート)
スウェーデ...

難民のためのエル・システマ ヨーテボリで

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文:松村真澄(ピースボート)

スウェーデン/ヨーテボリで、難民を含む子どもたちのためのプロジェクトをおこなってる、ロン・アルバレスくんの記事です。 彼は、2014年夏のピースボート受け入れを手伝ってくれました。スウェーデンでの活躍に、心から敬意を表します。

♪♪♪♪♪

ロン・アルバレスはいつも奇跡を起こす人間だ。その情熱は、音楽教育を受けたことのない若者たちにも向けられ、数週間のうちに、ベートーベンの「歓びの歌」やマーラーの一部分、そしてマンボやメレンゲまで弾かせてしまう。エル・システマ・スウェーデンを作った30歳の若きベネズエラ人は語る:「常に音楽の美しさを感じさせることに没頭していた」 このエル・システマには、25人の難民が通う。

アルバレスは、現在60か国以上の国で行われているエル・システマを連携した海外プロジェクトを担当。「このオケにはアフガニスタンやシリアなど紛争地から来た若者がいる。そのほかにも、エリトリアあアルバニアなど、問題を抱える国からの難民も。でも、仲間たちは彼らがトラウマや恐怖を乗り越えられるよう、音楽への愛を使って団結しているんだ」

モスタファ・カゼミは、タリバンから逃げるべくカブールからやってきた。自分が勉強しているところを見つけられると、何度も殺すと脅された。ファティマ・モラディはアフガニスタンから命の危険さながら逃げてきた、。イランとの国境を超えるとき、家族を失ってしまった。スマレット・デバイはエリトリアの戦線から逃れ、海や砂漠を超えて一人でヨーロッパにやってきた。シャディ・ケダーはシリアの戦火の下、家族を置き去りにしなければならなかった。このすべてが未成年であり、スウェーデンにたどり着き、オーケストラの一員となり、この10月24日、国連の日にヨーテボリで初めての演奏会を迎えた。「この子たちは、銃弾や爆発が日常に飛び交う戦争の音に慣れてしまっていた」アルバレスは話す。「ここに来て音楽を聞いた時、彼らの表情は輝き始め、楽曲そして拍手の音を楽しんでいる。もう恐怖におびえることはないし、むしろ喜びに満ち溢れている。大きな変化だ」

ー7つの違う言語を話す若者たちに、どうやって音楽を教えたの?:(ロン)それは大きなチャレンジの一つだったけれど、規律を守ることや彼らが音楽を学んでいくためのメソッドは多様だった。それに多くは英語を理解したし、彼ら同志で訳しあって助け合うこともあった。そんなやりとりで、「自分たちがこのレッスンを作っていく」という意識を創造していった。もちろん、物理的にバイオリンやチェロをおおげさに弾いて見せることで、どのように弾くのかわかってもらう努力も必要だった。

ーベネズエラのエル・システマと、音楽教育の部分で違ったことは?:私たちであれば、どのヌークレオにも教室があって、そこで譜面を読むことも、和音を作ることも、楽器を弾くことも、指揮をすることもすべて学べる。世界の他の場所では、それぞれの取り組みが別々に行われるから、プロセスが遅くなってしまうんだと思うんだ。理論と実践が一緒か、一緒でないかの違いなのかもしれない。

ー初めて音楽を学ぶ若者たちと、すでに学んできた若者たちを、オーケストラ活動の進行を妨げずに、どうやって教えることができたの?:この種の教育において最も重要なのが、レパートリーを繰り返すこと。レパートリーはつながっていると同時に、それぞれの地域の文化の影響を受けているもの。ブルックナーの「テ・デウム」やエドガーの「威風堂々」をやる傍ら、メレンゲなどのシンプルなピースを演奏するのにそれほど違和感はない。スウェーデンのようなノルディックな国々でも、メーレ・アイサークやアラブの影響を受けた曲を取り入れることで彼らの意識向上と、そのルーツへの尊重を学ぶことができるんだ。(終)

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エル・システマについてはこちらもご覧ください。

ベネズエラ大使館公式SNS

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